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2006年3月24日 (金)

様々な現場での法教育

法教育は、司法制度を正しく利用し、適切に参加する力を身につけるため、知識を覚えることにとどまらず、実生活で生きて働いていく力として、思考力、判断力、表現力などを高めることを重視している。(法教育研究会報告書)

私たち司法書士は、日々の業務の中で、このようなことを実践をしていく必要がある。依頼者に紛争解決のために主体的に考える意識をもってもらい、専門家主導ではなく、依頼者個々が解決ためにはどうすればよいか、私たち専門家とともに考えていく。それがこれまで本人訴訟という形で依頼者を支えてきた私たちの職務にとって必要な姿勢ではないだろうか。そのためには、私たち司法書士も法教育の理念を学んでいく必要がある。そしてそれを様々な場面で伝え、実践をしていく必要がある。

法教育実践の場は、「教室」だけではない。

民事・家事調停委員に就任してから7年目となった。これまで多くの先輩調停委員の指導を受けながら何とか執務を行ってきた。そんな中、様々に感じていることがある。調停委員の個性もあろうが、人生とともに経験豊富な調停委員ほど調停委員主導型の調停をしようとする傾向が強いかもしれない。調停当事者よりも少し高い視線で見てしまうのではないだろうか。調停はあくまでも話し合いの場であり、調停委員は相互の主張を平等に聞くことにより始まり、当事者に紛争解決ための当事者意識を抱かせ、その中で互譲させるための努力をしていかなければならない。ここにも法教育の視点が必要なのではないだろうか。主体は誰かを忘れてはならない。また、家事調停の中では、今だに古い感覚、家を中心とした考え方、男女の役割を古来のものを基本とする考え方を基準として「説諭」する調停委員もいる。確かにそれは、ひとつの考え方ではあろうが、今の当事者にそれを押し付けることはできない。無理に成立させた調停は本当の解決ではない。裁判所にとって未処理事件をひとつなくしたことにしか過ぎないのである。当事者の解決エネルギーを高めるために努力することも調停委員の役目かもしれない。

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コメント

はじめまして。調停で、とても不満です。調停委員が何ら適切な介入をせず、相手の弁護士(私は素人一人で)が、まるで裁判のように私を挑発してきて・・。その日の話し合いに必要な書類を見て下さい、と出すと、「見ません!」と言うではないですか、見ないと言われたら、何も出来ません。
怒りで血圧が上がってしまいました。書記官も、私が出すべき書類のことを何も言ってくれないし・・。次回日時は全面的に相手弁護士の都合のみ訊いて、私には事後承諾。(私だって働いているのに)・・・。
こういう場合、どう改善を誰に求めれえば良いか教えて下さい。

投稿: みどり | 2006年8月14日 (月) 06時01分

本来ならば、「中立性」を堅持するのが調停委員の立場です。
事情を聞く態度、時間配分も平等にしなければなりません。
が・・・みどりさんが不満を抱くようなことは私自身も身近に見ております。裁判所の内側から改善をすべきことはしてきているつもりですが、私の見えないところでは、長老調停委員がはばをきかせているのも事実のようです。でも、調停当事者として、言うべきことはきちんと裁判所に伝えてください。当該裁判所もしくは本庁裁判所に申し入れをしてみてください。
調停委員も長老調停委員に遠慮している裁判所も変わらなければなりません。そうでなければ、調停制度は国民の信頼を失いかねます。
内側にいる立場として、ひしひしとその危機感を感じています。
ぜひ、声を出してください。

投稿: 高橋ぶんろう | 2006年8月16日 (水) 17時25分

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