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2011年7月25日 (月)

東北ブロック司法書士会第1回災害復興委員会開催

7月24日(日)午後、オールスター戦でにぎわう仙台で東北ブロック司法書士会に新設された標記委員会が開催されました。東北地方の被災3県(岩手・宮城・福島)の各会の被災状況、復興状況等の情報交換、全国会員への情報発信、さらには連合会への提言等を取りまとめるための協議がなされました。被災各県では復興の進度は違い、いまだ被害拡大が続く福島と復興へと力強く歩みだしている他県との状況の差異もあります。全国からの支援を受けている被災会ですが、今後冬の時期になると、その支援には危険が伴い、また、経済的負担の見直し等も考慮して支援の枠組みの見直しをも必要とすることが出てこようかと思います。

支援申出のみなさんのために相談会を設営するということは今やありませんが、特に福島県については、長い目でみていただきたい。現地での相談支援のみならず、様々な形での支援をお願いしたいと考えているところです。

福島県で様々な会議、セミナー等を開催するのもひとつでしょうか。秋には司法書士法教育ネットワークの地域巡回交流会を企画しています。福島に来ていただくことも大切なこと、それも支援のひとつではないでしょうか。

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2011年7月18日 (月)

ふくしまのこどもたちの夏

今日は海の日。例年ならばこどもたちの歓声でにぎわう福島県の海水浴場に人影はない。福島県でも海水浴場の開設を見合わせている。夏休みのこどもたちはどのように過ごすのだろうか?早朝のラジオ体操はあるのだろうか?

高校生たちは就職活動で苦戦をしている。浜通りの企業は未だ休業中のところも多く、採用の見通しは立たず、県外志向も強まっているとの新聞記事が目につく。避難生活の家計を支えるために進学を断念し就職に切り替える生徒もあると新聞記事には書かれている。

人口の流出が止まらない福島県。こどもたちが安心して戻れるふるさとにしなければならない。ふるさとは守りたい。

夏休み、各地へと福島を離れるこどもたちも多かろう。この機会に県外への転居を考える家族も少なくはないだろう。国は安心して暮らせる情報を何も示してくれはしない。前向きになれる報道は少ない。

なでしこジャパン、女子サッカー世界一のニュースは復興へと元気と勇気をくれた。復興のためには自らを奮い立たせ、自らの足で歩まなければならないのだろう。そんな強さを持てる人は多くはない。支えてあげなければならない人たちのために私は生きていきたい。仲間とともに活動を続けていきたい。

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2011年7月11日 (月)

震災から4ヶ月

今日で震災から4ヶ月です。今朝は新聞各社が休刊日のために、昨日の朝刊で特集記事が掲載されていました。新聞から拾った様々な数字をいくつか紹介します。

福島県内避難者は14,983人(15市町村)、旅館ホテル等の二次避難所への避難です。仮設住宅や借り上げ住宅への移転が進んでいるために、1ヶ月で2,758人減少しています。

体育館や公民館等の一時避難所で暮らす避難者は2,798人。1ヶ月で半減しています。県では8月末までに一次、二次避難所とも原則として閉鎖する方針を示しています。一次避難所で最多の避難者が暮らすのは、郡山市のビッグパレットふくしまの457人です。酷暑の中、健康管理等に心配があります。

福島県外への避難者は35,776人。1ヶ月で219人の増加。避難先は46都道府県全てに及んでいます。子どもたちの転校も多く、健全な家庭生活が維持できない家庭も増えているかと思います。

放射能汚染では、特定避難勧奨地点に指定される箇所(いわゆるホットスポット)が増えています。戦々恐々としている指定地域の住民の不安は募るばかりです。

ホットスポットとは、局地的に放射線量が高い地域の為に、健康リスクの高い小学生以下の子どもたちや妊産婦さんのいる家庭では避難希望者が少なくありません。

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2011年7月 6日 (水)

被災者支援新聞広告のための取材

地元紙へ被災したみなさんへ相談窓口をしての司法書士の存在を知ってもらうための新聞広告(制度広報)のための取材がありました。取材の中で、あらためて、震災直後からの会と会員の仲間の動きを思い出し、この4ヶ月近くの時間にどれだけのことができたのか、また自らも被災している中で、精力的に仲間が動いてくれたのかを振り返ってみました。

マスコミ報道では見えない被災者の苦悩、避難所での周りへの心配りから自らの悲しみさえ胸に押さえ込んでいる避難している方々の苦しみ、そして語られない悲しみ。「現場」で相談活動をする司法書士だからこそ知りえる、見えてくるそんな隠れた姿もあらためて実感する機会ともなりました。

たまたま震災時の会長職として会員の身の安全を確保しながら、会全体の運営を指揮しなければならない立場ではありますが、もっともっと仲間とともに「現場」へと飛び込んでいかなければならないなと感じています。

見えない敵と戦う福島県民。福島県司法書士会の会員、事務局職員心の重い負担はいつなくなるのでしょうか。重いものを抱えながらも私たちはこの福島の地で生きていく。そして、この地で生きている市民のために頼られる存在としてより強く生きていかなければならない。

震災後、あらためてたくさんの人の愛を、そして強さを、勇気を感じています。まだまだ熟睡できない日が続きます。福島県の平和を祈り、日々を生きています。

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2011年7月 3日 (日)

東北ブロック司法書士会に「災害復興委員会設置」

7月2日の土曜日、仙台で開催された東北ブロック司法書士会の理事会で、「災害復興委員会」の設置が承認されました。被災地である東北から全国の会員により正確に発信していこうということの思いを受けての委員会の設置となりました。東北で大きな被災を受けた岩手・宮城・福島の3会相互の情報の交流も大切です。これまで、自分の地元の対応に追われ、他会の被害状況等を十分に把握するだけの余裕がなかったというのが正直なところです。今後全国のみなさんに東北の被災会が何をもとめているのか、きちんと発信をしていかなければならないと思います。

今日の午後、私の社会活動(ボーイスカウト活動)の恩師の四十九日の法要に参列をしてまいりました。2月にボーイスカウトの制服のまま倒れ、震災のために千葉の病院に転院、生涯現役の人生の幕を閉じることとなりました。これまでの震災時には私たちと一緒に被災地に駆けつけ、ボランティア活動に一緒に汗を流してきました。「現場」が大好きな恩師でした。その教えが私の身体にもしみているのかも知れません。東日本大震災では被災当時者となり、子どもたちの安全確保が最優先となり、ボーイスカウトとしての災現場での支援活動はできませんでした。「そなえよつねに」というモットーがボーイスカウトにはあります。非常時にも対応できるように常に心も含めて十分な備えをせよ、そのための訓練を怠るなということです。今次の震災でもライフラインがストップする中、ボーイスカウトたちは日頃の訓練を生かし、冷静に行動をしてくれたと聞きます。家族の中でも信頼のおける存在だったのではないでしょうか。

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2011年7月 1日 (金)

ひとりごと

平成21年9月に父親を見送り、1年後の平成22年9月に母親を見送ることができました。両親の看病、介護の疲れが少し取れるかな?という矢先の平成23年3月の東日本大震災。もし、両親を介護している状態だったらどうしたろう?と考えてしまいます。昨日、介護サービスの経営者と話す機会がありましたが、震災直後は介護サービスもストップ、ヘルパーさんたちのガソリンがなく動けず、どうしてもという要介護者のもとへは自転車でかけつけたとのこと。自宅待機のヘルパーさんたちの給料の支給も大変、それでも今は少しずつ元に戻りつつあるとのこと。介護のニーズは増える一方、大切な仕事です「人」相手の仕事ですから。毎日様々な仕事をするみなさんとお会いしますが、みなさん、優しいですね。「お互い様」の気持ちをより強く感じます。素敵な福島県のみなさんです。

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