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2013年3月24日 (日)

法務省法教育推進協議会

3月21日、東京都霞が関の法務省で開催された法教育推進協議会に出席。日司連から委員をゆだねられて出席しています。議事録は法務省ホームページで公開されていますので、興味がありましたらお読みいただければと思います。

今回は、研修論文の表彰式と受章者の発表がありました。教員3名、弁護士1名から発表。これも法務省ホームページでの公開予定です。発表者の一人の論文中に中学校が地域の法教育の拠点となりうるというような記載がありましたので、その可能性を質問しました。大きな期待を受けるには負担が大きいが、地域との連携が強い中学校が子どもと地域社会をつなぐ役割を果たす中で地域における法教育の推進には何らかの力を発揮することができるのではないだろうかと直感しました。

この協議会、年に数回開催されていますが、今後は法教育推進の具体化へ向けてより動き始めなければならないのではと感じながら委員としての責任も感じているところです。

被災地から・・・・

3月17日に福島県双葉郡広野町に法テラス(日本司法支援センター)の被災地出張所が開設されました。福島県司法書士会では毎週2回(火・木)相談員を派遣することとしました。県内各地に相談員を派遣して負担が少なくないため、隣県の茨城県の司法書士会からの支援も予定しております。19日の司法書士担当初日に相談員として行ってまいりました。広野町を離れて他の地区で仮設住宅での生活をしている方も訪れ、地元の相談場所への期待の大きさを感じました。

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2013年3月18日 (月)

春彼岸

春の彼岸の入りの日曜日。重なる公務に代理出席をお願いして、岩手県奥州市(旧水沢市)で行われた法事に出かけてまいりました。伯父の3回忌。東日本大震災当時に入院中、揺れる病室で被災。その後混乱の中、10日後に亡くなりました。

当時の仙台市は大混乱状態。津波被害で亡くなられた方々の遺体と伯父の遺体も同じ葬祭場に安置され、火葬の順番を待てど余りにも多くの方々を荼毘に付さなければならない状況。仙台での火葬をあきらめて菩提寺のある水沢での火葬を選びました。

あれから2年。町は平穏を取り戻し、人々は普通の生活を営んでいる様子。天国の伯父は今の状況をどう見ているのだろうか。復興へと突き進む町、未だ行き先の決まらない町、東北の被災地ではその姿は様々な状況です。

「東北はひとつ」されど、復興のスピードは大きな地域差があります。

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2013年3月17日 (日)

東日本大震災をむかえての「会長談話」

あれから2年。

ふくしまで生きる私たちの心は複雑な思いです。

汚された大地。帰れないふるさと。引き裂かれた家族。

そんな切ない思いの中でも生き続けていかなければならない。

起きてしまったことを憎み、責める気持ちはだれも止めることはできない。

でも、私たちは愛するふくしまのために生きていきたい、ここで生きていきたいと思っています。

力を貸してください。ふくしまのために。私たちも精一杯生きていきます。ふるさとのために。

3月11日、「会長談話」を出しました。

http://fk-shiho.com/consult/consult2.html

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2013年3月11日 (月)

東日本大震災2年目を迎えて

震災2年を迎えた朝、強い風が吹き荒れています。震災の犠牲となった多くの方々の魂が何かを訴えているのではないかとも感じてもいます。自然が起こした大震災に加えて、二度と起こしてはならない原発事故。福島県民の心はまだまだ回復していないということを日々感じながら生きています。

今日一日、その日をそしてそれからを思い出しながら過ごしたいと思います。

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2013年3月 4日 (月)

神奈川県司法書士会との交流

神奈川県司法書士会とは、震災後、継続しての相談員派遣等、支援をいただいております。このたび、震災後の事務局の対応等の話を聞きたいとのことで、事務局同士の協議の場を設けていただきました。先週末の第二陣には、神奈川県会の蒔山会長も同行され、当会役員とも情報交換をしました。今回の震災を教訓に、事務局での緊急対応についてお互いに学ぶ機会となりました。

協議の翌日、被災地を訪問していただきました。南相馬市に設けた復興支援事務所を訪問、相談員としておいでいただいておりました兵庫県会の島田会長、奈良県会の大西会長とも情報交換をしました。沿岸近くに建立された慰霊碑(綿津見神社)には犠牲者に花を手向けていただきました。原発事故の被害で注目される福島県ですが、南相馬市でも多くの住民が津波の被害で亡くなっています。碑に刻まれた犠牲者のお名前と年齢を追う目は涙であふれてしまいました。20メートルを超す高さの津波に飲み込まれた地域は土台だけが残されています。神社も津波で飲み込まれたのでしょう。

その後訪れた南相馬市小高区はようやく出入りができるようにはなったものの、他の地域とは違い、未だ手つかずの建物があちこちにある異様な風景でもありました。2年経った今でもまったく復興の気配さえ感じない地域もあるのが福島県の現実なのです。

あらためて多重な被害を受けたふくしまの現実を体感しました。

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